ブロッホ状態間のトンネル過程においては、トンネリングの前後でトンネル電子の波数ベクトルの横方向成分が保存されること(横方向波数保存則)が予想されているが、実験的にはまだ明らかでない点が多く、本研究ではこの実験的な検証を目的としている。本年度は横方向波数保存則の検証に必要な試料物質として、異方性の強いフェルミ面を持ちかつ平坦な表面が得られる層状物質TiSe_2の単結晶を作製しその評価を行った。TiSe_2はノーマル状態のバンド構造が半金属であるとされている物質で、約200K以下で、CDW状態に相転移することが特徴的であるが、我々はそのCDW転移に際しておこる電子状態の変化、つまりCDWエネルギーギャップ状態をトンネル分光を用いて初めて観測した。そしてそのトンネル特性の温度依存性と、転移温度以上における抵抗率-温度特性の半導体的なふるまいから、TiSe_2の相転移においては転移温度以上でもCDWのゆらぎが大きくそれは室温付近まで残存していることが明らかになった。よって、室温では純粋なノーマル相ではなく、この物質で問題となっていた半導体/半金属問題については室温付近では議論できないことがわかった。本研究ではTiSe_2のノーマル相のバンド構造を利用するため、このCDWゆらぎを抑制する必要がある。そこで来年度以降はTiSe_2中のSeをSで一部置換することによってCDW転移が抑制されることに着目し、TiSe_<2-x>S_xを試料物質とし、本年度に製作した回転機構付きトンネルユニットを用いて、結晶軸の相対角を変化させてトンネル分光を行う角度分解型トンネル分光によって、横方向波数保存則の検証を行う予定である。
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