化学反応の速度の伝統的理論は遷移状態理論(略して、TST)である。しかしこの10年程の間に、種々の溶液反応において、TSTの基本仮定が破綻していることが次第に明らかになってきた。これは、化学の中心課題である溶液反応に対して基礎理論が未だ確立していないことを意味する。従って今まで、住理論を含む、多くの実験と理論がこの課題に捧げられてきた。ここでは、溶媒の熱揺らぎの遅さが溶液反応の速度にどのように影響するかが問題となっている。具体的には従来の研究はもっぱら超高束反応を対象とし、その速度が極短パルスレーザにより測定されてきた。しかし、超高束反応は溶液反応速度の基礎理論の確立という目的には適していないと考えた。反応が速すぎて、溶媒揺らぎの遅さの効果が余りに大きく出過ぎるために、揺らぎが十分速いときに妥当なTSTとの繋がりが分からないからである。そこで大分大の浅野教授と協同して、揺らぎの遅さを決める溶媒粘度が数千気圧までの圧力変化により10^7程度に広く変えられることに注目し、高い反応障壁を持ち常圧下でTSTがよく成り立つ遅い反応(具体的には、異性化反応)を圧力下で溶媒揺らぎ律速にすることを目指した。得られたデータは住理論の最初の実験的検証となることを示した。
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