海産の無脊椎動物ホヤは遷移金属のバナジウムを高選択的に濃縮していることでよく知られている。他の生物に例を見ないこの特異な生理現象は学際的研究課題として多くの生理学者、さらに天然物化学者、生物無機化学者から注目を集めてきた。しかし、ホヤが多くのイオンが溶解している海洋から、ごく低濃度のバナジウムを選択的かつ高濃度に濃縮する超活性の謎は未解決である。 われわれは、バナドサイトの液胞のpHが1.9〜2.4という強い硫酸酸性を示すことから、プロトン(H^+)の輸送に携わるポンプ機構を探索していたところ、バナドサイトの液胞膜にH^+-ATPaseが存在することを細胞免疫学的に明らかにすることができた。このことは、(1)バナジウムを特異的に認識して選択的に輸送する脂質タンパク複合体がバナドサイトの膜上に存在する、(2)輸送のエネルギーとしてプロトン(H^+)の電気化学的ポテンシャルが共役し、バナジウムの高濃度の濃縮が起こっている、という可能性を強く示唆する。そこで、バナジウム結合膜タンパク質とH^+-ATPaseを組み込んだ人工的リン脂質タンパク複合体を作製し、特異的金属認識機構と共役するエネルギー機構を明らかにすることを計画した。 本年度は、ホヤの血球細胞から抽出したバナジウム結合タンパク質を精製することに力点を置いた。材料にはスジキレボヤの血球細胞を用いた。得られた血球細胞からのバナジウム結合タンパク質の調製は血球のホモジネイトを遠心後、上清を透析し、陰イオン交換クロマトグラフィーにかけた。得られた分画に含まれるバナジウムの含有量はフレームレス原子吸光分光光度計で定量した。 その結果、主なタンパク質のピークが分画番号8番と24番に得られた。バナジウムは分画番号8番に含まれ、その濃度は約1.5mg vanadium/g proteinであった。一方、SDS-PAGEで分離したタンパク質のバナジウム含有量を定量したところ、約24kDaのバンドに高濃度のバナジウムが含まれており、このバンドは陰イオン交換クロマトグラフィーの分画番号8番のピークと一致した。現在、この膜タンパク質の精製を進めている。今後このタンパク質のアミノ酸配列を決定し、金属イオンの結合部位の解明を進めたい。
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