亜硝酸イオンは金属に対して多様な配位形をとりうる。コバルト(III)に関しては、ニトリト配位(Co‐ONO)が生成することもあるが、熱的により安定なニトロ配位(Co‐NO_2)へ徐々に異性化する。これとは逆に、ニトロ錯体に光を照射するとニトリト体が生成する。しかし、すべてのニトロ錯体が光異性化するわけではない。固相中での反応を制御する要因として次の2つがあげられる:(a)共存配位子による電子的影響、(b)反応空間。trans‐[Co(en)_2(NCS)(NO_2)]X結晶中でのニトローニトリト光異性化反応の進行の有無は、カウンターイオンXの種類で異なる。チオシアン酸塩(X=SCN)は光不活性であり、硝酸塩(X=NO_3.H_2O)や過塩素酸塩(X=ClO_4)は光異性化を示す。この反応性の相違は、結晶中のNO_2のまわりの反応空間の大きさが関係している。光不活性なチオシアン酸塩では、反応空間が狭くて、ニトリトが生成できない。一方、光活性な硝酸塩では、反応空間がニトリトを包容できるような形になっている。trans‐[Co(en)_2(NCS)(NO_2)]NO_3.H_2Oの結晶を120Kに保ち、Xe光を照射したが反応は起こらなかった。そこで、250Kに昇温して光を照射したところ、反応が進行した。これは、温度低下に伴うc軸の収縮と関係しており、120Kでのキャビティは250Kに比べてせまくなっている。このため反応が進行しなかったと考えられる。mer‐[Co(dien)(NO_2)_3]錯体中で、1つのニトロ基はジエンとの立体反応により、Co‐NO_2距離が1.98Åと長くなっている。また、キャビティは充分に広い。それにもかかわらず、光異性化は観測されなかった。このことは、共存配位子がニトロの場合、たとえ窮屈な配位形になっていてもニトリトへ変換されないことを示している。
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