低次元電子構造をもつ有機錯体は低温においてパイエルス転移に関連する金属-絶縁体などの相転移を示すことは広く知られている。本研究の目的は相転移そのものについて実空間で局所的な知見を得ることである。測定方法としては、原子レベルでの電気的な測定が可能である走査トンネル顕微鏡(STM)/トンネル分光法(STS)を用い、低温下において相転移中の構造を直接プローブする。 試料として薄膜化が比較的容易であるTTF-TCNQを用いた。TTF-TCNQは53Kで金属-絶縁体転移を生じることはよく知られている。また、低温下での導電性を保持する目的でマイカ基板に金をコートしてその上にTTF-TCNQを蒸着した。本薄膜試料を室温で観察したところ、大気中で観察されるものと同様の分子構造が観察された。しかし、測定を続けると徐々に像が変化していく現象が発生し、これは試料が真空中に昇華したためだと思われる。この温度でトンネル分光を行ったところ測定ポイントのほとんどで金属的な特性が得られた。次に77Kで測定を行ったところ、絶縁体的特性を示すギャップが試料の一部の測定点において観察され、これは絶縁体転移が一部の領域で生じていることを示す。これは以前観察された(BEDT-TTF)_2I_3と同じく、転移温度以上であるがすでに一部の領域では相転移が開始していることを示唆するものである。さらに10Kまで冷却すると非金属的な相が支配的となり、STM像も室温の場合とは異なるものが得られ、a軸方向に2倍、b軸方向に2.4倍であった。これらの超構造は2kFCDWに関連すると思われるが、詳細、解釈については現在検討中である。
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