上肢の視覚誘導性運動においては、脳内において視覚に基づく空間地図が形成され、それが運動の実行に必要な身体座標へと複数の過程を経て変換されると考えられる。このような座標変換過程に重要な役割を果たしている可能性のある領域として運動前野(特に腹側部)に注目し、その役割を調べるため、サルの眼前に左あるいは右へのシフトプリズムを眼前に装着することにより、上肢到達運動の目標点が視覚空間的に同一でありながら、異なる方向への運動が要求される運動課題を左右いずれかの上肢によってサルに行わせ、その際の運動関連活動を記憶・解析した。もしこの活動が視覚座標空間を反映しているなら、左右いずれの上肢を運動する際にも同様の活動を示し、運動空間座標を反映しているならば、左右いずれかの上肢を運動するかに依存して活動を示すであろうという仮説を立てた。ニューロン活動を解析したところ、この仮説にほぼ一致する成績を得た。すなわち、視覚空間座標に一致した活動を示すニューロンはどちらの上肢を用いるかに依存しない例が多かった。一方、運動空間座標に一致した活動を示すニューロンはどちらの上肢を用いるかに依存する例が多かった。さらに、視覚空間・運動空間のいずれにも一致しない活動(中間型と呼ぶ)は左右の上肢に対する関連が様々であった。特に中間型に代表されるこれらの知見は、運動前野腹側部がこれら座標系の変換に重要な役割を果たしていることを示唆するものと考えられる。すなわち、視覚座標系が運動座標に変換される際には、前者から後者へのハードワイヤリングが行われているのではなく、中間型を経て変換されることが明らかとなり、この中間型がいわゆる「見えない層」に対応し、運動学習に必要な極めてフレッキシブルな関係を形成していることが考えられる。
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