研究概要 |
脳神経系は学習・訓練によって感覚刺激に対して数百ミリ秒で適切な行動を生成できるようになる.我々はこの高速情報処理を可能にする神経機構として細胞の応答潜時による競争機構を提唱してきた.本年度は前頭連合野の行動学習機構研究の準備として上記神経機構のブローカ野での効果を検討した.すなわち,この機構をブローカ野で仮定するとストループ色-語干渉についてのGlaser & Glaser(1982)の実験結果が説明できることを示した.ストループ干渉とは青インクで書かれた語「赤」のインク色を答える時間が青色の四角の色を答える場合より長くなる現象である.語を読む時間はインク色によらず一定である.この現象の既存の説明Speed of processing仮説は,語読みの応答時間が色命名のそれより短いことから先に処理された語情報が応答生成段階で色情報を"干渉"して色命名が遅くなるとしていた.Glaser & Glaserはスクリーンに色背景を出した後に白色の語を写して色情報が十分先に処理されるようにしたところ仮定に反して干渉は消えなかった.この実験データについて,以下の事項が上記神経機構のブローカ野での挙動として説明できた:(1)語読み課題で色刺激を十分先に提示しても干渉は生じなかった.これは,干渉が感覚刺激のブローカ野への到着時間差ではなく感覚刺激をブローカ野へ伝える神経結合の強さの差から生じる発火潜時の差による競争機構で説明できる.(2)色命名課題で色刺激を2百ミリ秒先に提示しても若干の干渉が生じた.これは,語刺激が後に到着してもブローカ野での行動選択の処理が終わる前であれば残された処理時間内で上記の競争による干渉が生じる結果として説明できる.これらは発火潜時による競争機構が大脳皮質回路で働くとする仮説を裏付ける.
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