研究概要 |
脳の中でも頭頂連合野-内嗅野-海馬系の情報交換は、空間記憶の獲得、形成過程に関与すると考えられ重要視される。特に海馬は記憶の固定化に関与し、空間的な長期記憶は、頭頂連合野に形成されるという仮説が有力である。本研究では脳の空間記憶および識別機構の解明を目指し、刺激の方向を記憶する空間作動記憶学習課題(方向弁別遅延見本合わせ学習課題、dDNMS)により、ラット頭頂連合野-内嗅野-海馬系の応答性を調べ空間記憶の獲得、形成過程における役割を調べた。とくに今年度は、新奇な音刺激で(ラットの向きは変えない)、またはラットの向きを変える(聞き慣れた音刺激を用いる)という新奇な状況でdDNMSに対する応答性を比較検討することが必要であるという前年度の実験結果をふまえて、通常の聞き慣れた音と新奇な音、あるいは通常の向きと新奇な向きにおけるにおけるニューロン応答性を解析した。総数152個(頭頂連合野:118個及び海馬:34個)のニューロン活動をdDNMS遂行下ラットから記録し、空間作動記憶関連応答性を解析した。微動電極法の卓越した特殊性能により、頭頂連合野にdDNMSの遅延期間に応答性を示す空間作動記憶関連ニューロンの存在が示された。一方、海馬には遅延期間に有意な応答性を示すニューロンはなかったが、空間識別ニューロンは存在した。しかしラットの向きを変えるという新奇な状況下で、海馬に遅延期間に有意な応答性を示すニューロンが出現した。頭頂連合野の空間作動記憶関連ニューロンのあるものは、新奇な音刺激および向きを変えるという新奇な状況下で応答性が増大した。Jonesらは、低頻度の新皮質から内嗅野への入力は、内嗅野II層領域の介在ニューロンの抑制性制御により、内嗅野II層-海馬(歯状回)-海馬(CA1,CA3)-内嗅野IV/V層-内嗅野II層の反響閉回路は作動しないが、高頻度の新皮質から内嗅野への入力により、この反響閉回路は作動し長期増強や新皮質での長期記憶を生じるという仮説を提唱している。新奇な刺激あるいは状況での頭頂連合野ニューロン応答性の増大や海馬での応答性を示すニューロンの出現は、頭頂連合野-内嗅野-海馬系が空間記憶の初期形成過程に関与し、Jonesらの仮説における新皮質が頭頂連合野に相当し、空間的認知の永続的な長期記憶は頭頂連合野に形成されると言う空間記憶仮説が支持された。 さらに理論的には、空間認識記憶系に着目した人工ニューラルネット(空間拡散連想型ニューラルネット)を考案し、柔軟な新しいニューロンコンピュタ-開発のための有益な原理的基礎となると考えられ、今後実験的および理論研究を強力に推進する必要がある。
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