研究概要 |
本研究では,聴覚,視覚,発声などに障害をもつ人達を補助するために,その研究の底流となる生体音響学に新しい知見を得て,より優れた感覚代行システムの設計指針を得ることを目的としている.本年度は次の3点について,基礎的知見と具体的な成果とを得ている.第1点は,盲人が聴覚情報だけを手がかりにして障害物を発見する「障害物知覚」のメカニズムについてほぼ全貌が明らかにされたことである.過去30間にわたって未知の現象として研究の対象になっていなかったことが解明されたことから,障害物知覚の能力を増幅するような一種の盲人用補聴器の設計の手がかりが得られた. 第2点は,内耳に微弱な電気刺激を加えることで耳鳴りが消失する患者が約3割いることを確認し,そのメカニズムの解明に取り組んだことである.その結果から内耳への電気刺激は自律神経系に作用し,大脳の活性化に結び付き耳鳴りが埋没されるような現象が生じることが分かった.さらに,耳鳴り治療後に言葉の聞き取りに明らかな改善が見られたことから,補聴効果もあることが分かった.そこで耳鳴りが始まったら自分で治療できるような埋め込み式治療器を開発して10名の患者に適用し,その有効性を確かめた. 第3に,喉頭摘出者が使う電気式人工喉頭の発声音の自然性を大きく向上させることに成功したことである.具体的には,呼吸からの情報でイントネーションを制御させる方法をとり,最適な呼気圧-ピッチ周波数変換関数を求めた.その結果に基づき喉頭摘出者のための実用型人工喉頭を試作できた.以上,3点について述べたが,音声を「ゆっくり」「はっきり」聞かせる補聴器の有効性,指先上で音声情報を電光掲示板のように提示する聾者用聴覚代行の有用性など,福祉工学のための生体音響学に多くの知見を得た.
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