多くの細胞は自らの容積を常に一定に保つメカニズムを持ち、細胞内外の浸透圧環境の変化よって一時的に膨張や収縮を強いられても元の容積へと復帰する能力を持つ。例えば、細胞内での浸透圧活性物質の蓄積や細胞外低浸透圧化によって膨張を強いられた場合には、そののち速やかに正常容積へと戻るところの調節性収縮(RVD : regulatory volume decrease)で応答する。このような容積調節能は、糖やアミノ酸などの有機溶質の能動的吸収の過程で細胞内外に大きな浸透圧勾配を形成する小腸上皮細胞においてとりわけ重要である。昨年度は細胞容積調節に関与する上皮細胞C1^"チャネルの特性をシングルチャネルレベルで明らかにした。 最近、多剤耐性薬物排出ポンプ遺伝子(mdrl)を外来性に強制発現させた細胞系においてのみ低浸透圧負荷によって大きな容積感受性C1^"電流が発生するという観察に基づき、MDR1すなわちP糖蛋白が浸透圧性膨張時には容積感受性C1^"チヤネルに機能スイッチするとの仮説が発表された(Valverde er al.1992)。その後、P糖蛋白は容積感受性Cl^"チャネルそのものではないが、このチャネルに対してのCキナーゼを介する制御因子であるという仮説が提出された(Hardy et al.1995)。そこで本年度は、内在性のP糖蛋白が浸透圧性細胞膨張時に本当に容積感受性チャネルやそのCキナーゼ仲介性制御因子として振舞うかどうかをヒト小腸上皮細胞株Intestine407を用いて検討した。本細胞におけるP糖蛋白の発現は、Northern blot法、RT-PCR法、Western blot法、間接蛍光抗体法で確認された。P糖蛋白遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを4日間投与するとP糖蛋白の発現の著しい減少が見られたにもかかわらず、容積感受性C1^"チャネルの全細胞電流にはなんらの差も見られなかった。数種類のP糖蛋白単クローン抗体はいずれも浸透圧性膨張時のC1^"電流に有意な影響を与えなかった。また、P糖蛋白の基質を細胞内に投与しておいても容積感受性C1^"電流の発生はなんら影響を受けなかった。また、Cキナーゼを活性化させるTPAやOAGの投与によってもこのC1^"電流に有意の変化は見られなかった。これらの結果によつて、内在性P糖蛋白については「ポンプ/チャネルスイッチ仮説」も「Cキナーゼ仲介性制御因子仮説」もあてはまらないことをはじめて明らかにした。
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