西欧における現代神秘主義哲学という表現で私が念頭においているものは、ハイデガ-とレヴィナスである。この両哲学の真価を理解するためには、その根源を明らかにせねばならないが、ハイデガ-の場合、それは古代ギリシア哲学とキリスト教神秘主義であり、レヴィナスの場合、それはヘブライの宗教思想である。本研究は、このような視点の下に、先ず、ヨーロッパ神秘主義哲学の元祖としてソクラテスに注目し、かれの「ダイモニオン」とハイデガ-の「無」との関連を第三論文「内在と超越」で考究した。また、ハイデガ-の存在思想の背後にはヘブライの「絶対に姿を現さない超越神」の観念があるのではないか、との想定の下に、両者の関係を考究したのが第二論文「ハイデガ-の『最後の神』に関する覚書」である。第四論文「レヴィナスにおける死と時間-ハイデガ-との対比において-」は、死と時間というテーマがハイデガ-とレヴィナスの両者に共通のもっとも重要な問題であるところから、両者の本質を照らし出すであろう、との予想の下に考察された。この考察により、ハイデガ-の時間が人間の存在構造の言い換えであるのに対し、レヴィナスの時間は神の力の現れであることがはっきりと取り出された。第五論文は、レヴィナスの思想とユダヤ教信仰との関連を主題にしたものである。レヴィナスの神は対象的な存在着ではなく、人間の倫理的行為を通してのみその栄光を現すなにものかであるが、この神観念は律法の遵守こそ信仰の実現であるとするユダヤ教の立場と完全に整合的である。本研究はなお深く進められなければならず、ハイデガ-についてはエックハルトとの関連が、レヴィナスについてはタルム-ド解釈との関連が今後の課題として残されている。しかし、総じて、ハイデガ-についてもレヴィナスについても、本研究はもっとも重要な問題点の解明に端緒をつけえた、と考えている。
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