本研究は、従来、中国学における女性学の関心が、特に思想史学において希薄であることに鑑み、この分野の研究者の関心を導くべく、歴代の女性史関係資料に対する解析整理を目途した。そして、特に中国古代中世における女性史関係資料を集中的に対象として、これらに関する詳細な分析整理を加えてきた。本年度の研究は、次の三の部分においてそれぞれの関連を考慮しつつ成果をまとめた。(1)昨年度に続いて、『華陽国志』に収める列女伝記資料それぞれを、解読し関連資料を綿密に調査し、さらに女性史資料としての諸特質を検討するなどの作業を継続した。(2)中国の歴史思想史が、儒教思想ときわめて密なる関連を有することは周知の事実である。しかし、この思想の構築に女性存在が重要な影響を与えたことに言及した研究者はいない。論者は、すでに刊行した『儒教社会と母性』において、孝と母性との関係を論述した。この後の研究推進で、この点をさらに総合的に深く究明・整理しなければならぬ段階に到達した。そこで、本年度は、孝子伝記の類への資料調査や分析をこころみ、これをもとに、孝の本質を明らかにする一論考をまとめた。この成果は、今後ほかの孝子伝記資料への研究に発展しつつ、当初の計画を側面から支え充実せしめる役割を担う。(3)女性史資料の研究上、劉向『列女伝』に収める女性伝記資料には常に目を配る必要がある。この資料を比較使用するに際しては、当該伝記資料それぞれの時代による変貌を視野に入れなければならない。論者は、すでに研究助成を得た89年『劉向「列女伝」の研究』の刊行以来、時代の変遷による原本伝記資料の変貌について常に強い関心を持ち続けた。そこで、本年度は、劉向『列女伝』の伝記資料の扱いに関する新たな論考を試みた。この成果と着目は、今後の研究展開上で、当然取り上げるべき近世・近代女性伝記資料の分析整理の際に、おおいに役立つであろう。
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