研究概要 |
日本の唯識思想は,論議によって大成された。このため,その思想解明にあたっては論議研究が必須となる。しかしながら,現在,活字化されている論議書としては『成唯識論同学鈔』等が書がわずかにあるばかりで,全時代をとおしての思想展開を解明することは,現状では困難であった。ところが今回,奈良の薬師寺より大量の短釈(一論議一論草の論議書)が発見され,その調査・研究を正式に依頼されることとなった。 当寺に所蔵されている短釈の内訳は,興基の書83点,好胤48点,弁長41点,営尊37点,縁憲28点,光胤24点,良英18点,顕範13点,憲弘10点,栄尊の書9点,良算9点,良遍8点,英弘7点などなど,総数400余りにのぼる(ただし,これは 現在までの調査状況)。現在,これらの奥書や本文中に見られる引用典籍を調査中であるが,第一級の資料であることはまず間違いない。ほとんどが未知の資料であり,現存しないと思われていた学僧の短釈も多数ある。また,今まで無名であった学僧の資料も数多く含まれている。なかでも特筆すべきは,良算・良遍・英弘・顕範・縁憲・興基・光胤・好胤らの短釈である。これらの資料の発見によって,鎌倉時代から室町時代にかけての思想展開が,かなり明確にできるものと期待している。 なお,このような調査と並行して,今回は新出資料をもちいて「一法中道説」についての研究をおこなった。現在のところ「一法中道説」については,深浦正文博士が『唯識学研究』において紹介しているものが一般的見解と見なされている。ところが,今回の研究によってそれが決して一般的見解ではないことや,良算に五重の中道説のあったことなどが明らかとなった。この研究成果は平成7年度中にはまとめあげ,研究論文として公表する予定にしている。
|