研究課題
日本の唯識思想は「論義」によって大成されたといってよいので、今後の唯識思想の解明には「論義」の研究が重要となってくる。この現況下「論義」研究にとって必要不可欠な資料である「短釈」(一論義一論章の論義書)が奈良の薬師寺で大量に発見され、当寺の依頼に基づきその調査・研究を続けてきた。今年度は当寺所蔵の全短釈約8000丁余の複写・書写を行い、各短釈の奥書等の調査・基礎的研究を行ってきた。更に個別的に重要な短釈の研究を進める中、「一法中道」を取り上げて重点的な研究を行った。これまで「一法中道」は活字化されている『日本大蔵経』所収の3点-円憲約2頁半(10丁相当)・縁憲約2頁半(10丁相当)・顕範約2頁(8丁相当)-のみが知られていたが、今回薬師寺所蔵の10点が新たに加わることとなった。内訳は愚草(良算)31丁、良算3丁半、『覚夢鈔』(良遍)10丁、『覚夢鈔』(同)7丁、良遍6丁、光胤19丁、興基11丁、英弘4丁半、私草4丁、無名3丁である。これについて順次、翻刻・読み下し・出拠・大意等を作成し、その思想研究を行ってきた。この結果、従来深浦正文博士の『唯識学研究』に紹介されている説が一法中道説の一般的見解と見なされてきたが、今回の研究によって誤りであることが明らかとなった。深浦博士の見解は、良遍の『覚夢鈔』を拠り所に、一法一法において重々無尽の中道が成り立つとするものであった。しかし良遍の説は三性相対中道を離れて他に一法中道はあり得ないとするものであり、この説が日本唯識における常義説(一般的見解)と一致するものであることが明確となったのである。このように新出資料の研究は、不十分であった日本唯識の思想解明を大きく前進させる可能性が極めて高いといってよく、日本における仏教研究の発展に大きく寄与しうるものと期待される。尚、一法中道についての研究成果は近く研究論文にまとめ発表する予定である。