核子スピン構造の研究は、核子内のクォーク・グル-オンの役割を明らかにし、その運動を記述するQCD(量子色力学)を検証することを大きな目的とする。本研究課題においては、偏極ミューオンの核子との深部非弾性散乱を通してクォークスピンの核子スピンに占める割合を導出しQCD和則を調べるとともに、この実験で本質的役割を果たすスピン偏極標的の開発をおこなった。その二つの内容を以下に列記する。 (1)スピン偏極標的の開発 (a)スピン反転法の確立:高次ツイスト効果が一番見られやすいパラメターはg2(x)で、そのためには標的スピン方向をビーム軸と垂直に整列させて非対称度を測定しなければならない。はじめ、ソレノイドコイルでビームと平行に標的スピンを揃え、その後ダイポール磁場で垂直に倒す。この回転1回につき、失われる偏極度は1%程度を確認し、g2(x)導出のための非対称度A2(x)測定の方法を確立した。 (b)偏極度測定のため、Qメータ式NMR装置を新設し、新しい偏極試料物質ポリエチレンの開発を行った。30μmほどの薄い標的に対し、これを+40%、-66%というこの物質では世界最高の偏極度を得、さらに高偏極度に行く可能性を見定めた。 (2)核子のスピン構造の決定 (a)平成5年度に行った陽子を標的とするg1°(x)実験のオフライン解析結果をまとめた。EMC実験に比して格段に良い統計と測定領域の広い結果を得て、クォークスピンの寄与を算定するのに決定的と言える結果となった。この結果、Ellis-jaffeの和則は実験とは合わず、クォークスピンの核子スピンへの寄与が(20-30)%と少ないことを確定した。 (b)同じく平成5年度には陽子のg2°(x)をも世界で初めて測定した。精度があれば3次のツイスト効果について精密な議論が可能であるが、今回は4点のみで誤差も大きいが、ツイスト効果は無い、とする結論に良く合う結果を得た。これの測定はg1°(x)の系統誤差の抑制にも重要な意味があった。 (c)平成6年度と7年度は重陽子を標的に実験を行った。7年度のデータは今解析中であるが、6年度のデータは平成4年度のデータと合わせることにより、統計誤差が減り、信頼度が上がった。重陽子の結果と陽子の結果から中性子に対するスピン依存構造関数を導出し、Bjorken和則と比べると理論予測と良く一致し、QCD記述にあいまいさは無い、との結論を得た。
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