本研究では、相転移現象に伴うΔの空間的な変動をSTMにより直接観察する手法を確立し、相転移のミクロな機構を実験的に明らかにすることを目的としている。このためには極低温から数百℃といった広い温度範囲かつ強磁場下で安定に動作する温度可変・精密制御型STM装置を試作した。 STMユニットを2重の真空層で断熱し、多数のヒーターにより0.001K以下の精度で温度が制御できるシステムを実現した。強磁場下では通常の熱電対は誤差を生じるため、温度モニターに白金抵抗温度計を用いた。また、温度の上限はSTMの探針走査に用いる圧電材料のキューリ-点で制限されるため、キューリ-点の高い圧電材料を用いた。 次に、上記のSTMシステムにより、遷移金属元素ダイカルコゲナイトの電荷密度波(CDW)転移に伴う秩序パラメータΔの変化について調べた。NCCDW相である室温での測定ではCDWの山と谷の部分でトンネルスペクトルに顕著な違いが見られ、転移点近傍でのΔ揺らぎを示唆している。一方、100K付近でCCDW相に転移するとフェルミ面上にギャップ構造が現われ、ギャップエッジのコンダクタンスピークは両方ともCDWの山の位置で最大となった。この結果は単なるCDW構造の変化では説明できず、相転移に伴って電子間のクーロン反発力が強まりモット局在したものと解釈できる。本実験の結果は、モット局在を実空間から直接的に調べた初めての例である。 今後、転移点近傍の各温度においてにおいてΔの空間分布を測定し、そのフーリエ変換から揺らぎの波数依存を検討するとともに、得られた結果を簡単なガウス揺らぎモデル及び臨界揺らぎモデルなどと比較し、それらの差異について議論する。
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