研究概要 |
走査型トンネル顕微鏡(STM)とトンネル分光を組みあわせることにより、各原子位置でのトンネルスペクトルを得る手法として、原子位置トンネル分光(AST)法を提案し、STMヘッド部の剛性の向上やエレクトロニクスの改良などにより実際にASTが実現可能な装置を開発した。また、モデル物質として室温以下の温度で電荷密度波(CDW)を形成するTa(S, Se)_2を選び、同装置を用いて各原子位置によるトンネルスペクトルの実空間変化を調べた。TaS_2の場合、室温ではCDWの山の位置で多少スペクトルは金属的であるものの、フェルミ面接傍の状態密度はサイトによらず有限であり、全体としてはバンド計算の結果と定性的に一致した。一方、77Kでは、フェルミ面上に明瞭なギャップ構造がみられ、またギャップエッジによる2つのピークはいずれもCDWの山の位置で最大となった。この結果は、状態密度の移動が起こったことを意味しており、電子間のクーロン相互作用により電子が局在したこと(モット局在)を示している。TaSe_2ではこのようなギャップ構造が見られず、むしろフェルミ面以外の位置に状態密度の極小が観測されたことから、バンド描像が基本的に成立していることがわかる。TaSe_2系にSをドープしていくと、1:1程度置換した系で急激なスペクトルの変化が観測され、抵抗率の挙動と良い一致を示した。モット転移には、有効質量が発散する場合と、キャリア量が減少する場合の2つのケースがあるが、本研究の範囲内では有効質量の発散を支持するようなコンダクタンスピークはみられず、キャリア量の減少を示唆している。
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