物性物理学の研究において、相転移およびダイナミクスの研究は最も魅力ある分野のひとつである。これまで中性子散乱がこの分野の研究の発展に大きな寄与を与えてきたが、一方では、装置上の限界もあり、低エネルギー領域での磁気励起、あるいは、永い緩和時間をもつ系の揺らぎの研究は、重要でありながら、進展が遅れていた。以上の背景のもとに、申請者はこの2年の間、主としてパルス冷中性子を用いた高エネルギー分解能中性子分光実験を行ない以下のような新しい知見を得た。(1)2次元正方格子磁性体のパーコレーション濃度は0.593であり、パーコレーション濃度近傍での磁性原子の結合形態は、自己相似生を有し、かつ、1.90のフラクタル次元をもつ。このような格子上を拡散するスピンの運動は一様系(純粋系)に比べて著しく遅くなり、かつ、通常の拡散則(<r^2(t)>∝t)に従わずフラクタル系特有の新しい法則(異常拡散)に従うものと考えられているが、これまで観測に成功していない。この異常拡散現象を観測するため、4micro-eVのエネルギー分解能でエネルギースペクトルを測定し、かつ、全波数空間でこれを積分するという新しい手法を試み、自己相関関数の決定に成功した。これによって初めて、スピンの異常拡散に起因するベキ関数型散乱関数を見いだした。(2)フラクタル構造に特有の新しい励起状態としてフラクトン励起の概念が定着しつつある。ハイゼンベルグ型パーコレーション磁性体におけるフラクトン励起の存在を、エネルギースペクトルの濃度依存性の測定によって明らかにした。パーコレーション濃度に近づくにつれoverdampしたスペクトルの部分が増大することを明らかにし、これによってフラクトン励起実体が明らかとなった。
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