イオン衝突における多体効果を厳密に検討するためには、イオンとサイズを選別した中性クラスターの衝突実験を行う必要がある。しかし、これまでこのような実験を可能にするような方法論は開発されていない。本研究は、低温基板に蒸着したファンデルワールス薄膜固体を2次元の広がりをもつクラスターとして捉え、これとイオンとの衝突反応機構を厳密に取り扱うことが可能な方法論を開発することを目的とする。極低温冷凍機のコールドヘッドを最終端電極とする飛行時間型質量分析計を試作した。本装置の、従来にない特色は、(1)入射イオンを基板に対して垂直に入射させて、垂直に取り出すことができる、(2)イオンエネルギーを0-5000evの範囲で自由にかつ厳密に制御できる、(3)膜厚を厳密に制御した薄膜とイオンとの衝突相互作用を検討できること、にある。多体効果を厳密に検討するには、入射粒子の運動エネルギーがどのような過程を経てターゲット及び入射粒子自身の内部エネルギーに変換されるかを独立に評価する必要がある。窒素分子薄膜をヘリウムイオンで衝撃し、2次イオンの強度分布を、膜厚及びヘリウムイオンの入射エネルギーの依存性として測定した。この実験により、(1)膜厚が10分子層を超えるとイオン強度が膜厚に依存しなくなる、(2)イオン生成に衝突時の運動量移動がきわめて重要な寄与を果たすこと(不純物からのH+イオンが強く観測される)、(3)N+イオン生成に電子励起状態のN2+イオンが関与する可能性が高い、ことなどが明かとなった。今後の課題としては、入射粒子の質量を広範に渡って変化させ、入射粒子の運動エネルギーの内部エネルギー移動に関する詳細な知見を得る必要がある。
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