研究概要 |
外皮(integument)のクチクル部分に傷を与え、そこに細菌細胞壁成分[リポポリサッカライド(LPS)あるいはペプチドグリカン(PG)]を塗布すると、傷害部の下にある表皮細胞がセクロピンを合成する。このLPSあるいはPGが表皮細胞にどのようなシグナルを与えているのかを明らかにしようとするのが本研究課題の主要テーマの一つである。本年度はこのテーマについて研究するため予備実験を行った。クチクルは、表皮細胞が分泌した、いわば死んだ部分と看なされている。その死んだ部分に与えられたLPSあるいはPGは巨大分子なので直接表皮細胞表面に到達できないと考えられる。クチクルで存在が証明されてるPG認識タンパク(PGRP)あるいは未同定のLPS認識タンパク(LPSRG)がPGあるいはLPSと特異的に結合し、その結果引起された何らかの化学反産物が、表皮細胞にセクロピン合成開始のシグナルを与えているかもしれないという作業仮説をたてた。この作業仮説中の"何らかの化学反応"として、フェノール酸化酵素前駆体活性化系(proPOカスケード)の活性化を考えた。血液のproPOカスケードと類似のカスケードがクチクルに存在することを我々は証明している。血液のproPOカスケードはPGとカビの細胞壁成分であるβ-1,3-グルカン(βG)によって活性化される。作業仮説を検証するために、まずPGRPのポリクローナル抗体によりPGRPとPGの結合が抑制される条件下で傷害を与えたクチクルにPGを塗布する実験を計画した。この実験が初期の目的通りの成果を上げるためには、実験に使う試薬に混入してくるLPSがどの程度実験結果に影響を与えるかを知らなければならない。 無菌的に飼育した家蚕幼虫のクチクルに無菌的に傷を与え、そこにLPSを塗布して表皮細胞にセクロピンを合成させる。そのとき、どの程度のLPSが傷害部位にあれば表皮細胞がセクロピンを合成するか調べた。必要なLPS量は数ピコグラム/50ml/傷害部位であった。この量は通常の試薬に混入しているLPS濃度であり、外皮はLPSに対して高い感度を持つことが明らかになった。また作業仮説を証明する実験計画の見直しをせまるものであった。
|