本研究は大きく分けて、(1)大臼歯形態の解析によって得られる咬合の復元と、(2)古人類および現生人類の骨や歯の観察から各人種の咬合の特性を検討したものである。以下にその概要を述べる。 (1)人類進化に伴い、歯の形も変化したことが化石や古人骨の資料から良くわかる。なかでも大臼歯の形態は3次元的に複雑なので、その形態や咬耗の状態を解析することにより、咬合の様子を知ることが出来る。本研究では先ず、3次元レーザー計測器を使って咬耗のない化石人種の大臼歯形態の特性を探った。その結果、Australopithecusから現代に至るまでの人につながる系統と現生類人猿では大臼歯の咬頭配置のデザインが根本的に異なること、現代人はヒトの系統のなかで歯は小さいが、咬頭は必ずしも低くない、また、固有咬合面は歯冠面積との相対値で、広いことなどがわかった。また、3次元モ-フィングのテクニックを用いて咬耗した歯から咬耗前の歯を復元することを試みた。今回は咬合面上に49点のデータを与えたが、これでほぼ復元が可能であった。現段階では機知のデータを与える方法を使っているが、将来的には特徴点だけを与えて精細な復元像を得ることを試みたい。 (2)咬合の基礎をなすものは顎骨である。本研究では現代人と咬合様式が異なる縄文時代人の下顎骨をCTによる断層写真で検討した。その結果、頬側皮質骨が縄文人ではきわめて厚いことがわかった。これは咬合時に舌側から頬側へ向かって下顎の歯に加わるベクトルが大きいことが示唆される。縄文人の極度の咬耗もこれで説明が出来よう。また、現代人のなかでも特に咬合状態が理想的に近い南太平洋のいくつかの人種で咬合様式を調べた結果、メラネシア系では切端咬合が多くミクロネシア系では日本人の咬合様式に近いことがわかった。
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