研究概要 |
最近ようやく緒についた昆虫消化管(中腸)の分子レベルの生理学的研究に資するべく本研究を開始した。当初は交付申請書にも記したカリウム依存性アミノ酸輸送担体の解析を中心に行っていた。しかし,タンパク質としての同定と部分的な精製に取りかかったところ,非常に輸送活性が不安定であることがわかった。精製方法の改善等,工夫を鋭意検討しているところであるが,有効な打開策を見い出せていない現状である。 中腸において物質輸送の駆動力を創り出しているのは,中腸杯状細胞の原形質膜にある液胞型H^+-ATPase(V-ATPase)である。特に,カイコなどの鱗翅目昆虫は能動輸送系としてナトリウムポンプ(Na^+,K^+-ATPase)を欠いているので,V-ATPaseの存否がキャリヤ-やチャネルなどの二次的な物質輸送系を駆動するための鍵となっている。そこでカリウム依存性アミノ酸輸送担体の研究と並行して,タバコスズメガのV-ATPaseに対するモノクローナル抗体を用いてカイコの各種組織におけるV-ATPaseの分布を調査した。 V-ATPase抗体を用いた免疫組織化学から,中腸についてはタバコスズメガと同様の結果が得られた。さらに,マルピーギ管・唾液腺・絹糸腺においてもV-ATPaseを同定することができた。特に,絹糸腺細胞はカイコ体液中のアミノ酸を利用して,莫大な絹タンパク質の合成と分泌を行っているので,おそらくアミノ酸を取り込むためにそこではアミノ酸輸送系が活発に機能していると考えられる。つまり絹糸腺細胞でもV-ATPaseによって生体膜を介した電気化学的な駆動力が発生し,そのエネルギーを利用したアミノ酸輸送系が機能している可能性が出てきた。中腸でアミノ酸輸送担体の解析が困難であれば,絹糸腺細胞でのアミノ酸輸送担体の解析も次年度では検討したいと考えている。これらには多くの解明せねばならない課題が包含されているが,絹糸腺細胞では,まずはV-ATPaseの解析が非常に重要であると考えている。
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