研究概要 |
本年度は大きく分けて二つのイオン依存性輸送系について計画した。一つは一次的能動輸送系である液胞型H_+輸送性ATPase(V-ATPase)に関する研究で,もう一つは二次的能動輸送系であるカリウム依存性アミノ酸輸送担体に関する研究である。初年度から取り組んでいる後者のカリウム依存性アミノ酸輸送担体の物質分子としての解析については未だ有効な突破口を見い出せていない。一方,前者についてはとりわけカイコ絹糸腺細胞のV-ATPaseに関して平成7年度の研究成果をさらに発展させて,いくつかの知見を得ることができた。得られた成果は以下のとおりである。 (1)タバコスズメガの幼虫中腸のV-ATPaseに対するポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体を用いてカイコ絹糸腺細胞のV-ATPaseのタンパク質分子として同定を試みたところ,タバコスズメガと同じく,いくつかの構成サブユニットを検出することができた。つまり,組織が中腸と絹糸腺という全く生体内での機能が異なる組織であるにも拘わらず,同じ構造のV-ATPaseを有していることがわかった。 (2)この抗体を用いて前部絹糸腺細胞におけるV-ATPaseの免疫組織化学を行ったところ,カイコの5齢盛食期において管腔側原形質膜に特異的に分布しており,前部絹糸腺のV-ATPaseは原形質膜タイプであることわかった。 (3)この前部絹糸腺細胞のV-ATPaseは,カイコが吐糸を開始するとその局在分布が消失した。さらに,別のV-ATPaseが基底部側に新たに出現することがわかった。変態過程でV-ATPaseのダイナミックな変動があることを推察させた。 絹糸腺は5齢盛食期に急速に肥大成長し,管腔内に莫大な量の絹タンパク質を蓄積する。この素材であるアミノ酸は体液アミノ酸に由来している。絹糸腺は幼虫系組織の中で消化管(中腸)と並んでその体腔内に占める割合は大きく,個体の水分調節・浸透圧調整において重要な位置を占めると考えられる。カイコは吐糸を開始すると,摂食を停止し,専ら糸を吐き,変態への準備過程に入る。この個体全体に起こる変化の過程で,V-ATPaseによる能動輸送系の変換機構の作動することが推測され,絹糸腺のイオン依存性輸送系の分子生理がさらなる研究課題と位置付けられた。
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