retプロトオンコジーンは細胞外ドメインにカドヘリン様構造を有するユニークな受容体型チロジンキナーゼをコードし、神経堤細胞の増殖・分化、特に腸管神経叢の形成に重要な役割を果たしていることが推定されている。われわれはまずRet蛋白のC末端に対するペプチド抗体を作製し、ラット胎生期におけるRet蛋白の発現を蛍光抗体法にて経時的に検索した。その結果、Ret蛋白陽性の細胞は胎生11.5日頃より腸管周囲、大動脈周囲に検出されるようになり、その後それぞれ腸管神経系、交感神経幹を形成することが判明した。腸管神経系では胎生14.5日までにほぼ全腸管周囲にRet陽性細胞が出現し、胎生16.5日頃になると筋層間神経叢を形成するようになった。これらの結果より、Ret蛋白は末梢神経系の分化に重要な役割を果たしていることが推定された。 つぎに腸管神経細胞の分化異常によって生じるHirschsprung病の患者にて検出されたret遺伝子の変異をそれぞれret cDNAに導入後、マウス線維芽細胞NIH3T3に発現させ、Ret蛋白の生化学的解析を行った。われわれはすでにRet蛋白が細胞表面に存在する170kDaの成熟型の糖蛋白と小胞体に存在する150kDaの未成熟型の糖蛋白として発現することを証明している。今回、Hirschsprung病型変異を導入すると150kDaのRet蛋白の発現は変化しないものの、170kDaのRet蛋白の発現が著しく低下することが判明した。この結果は、Hirschsprung病型変異がRet蛋白の小胞体から細胞表面への輸送を障害したことを示唆した。即ち、Hirschpsrung病ではRet蛋白が細胞表面へ移行できなくなることにより、リガンドとの結合が起きず、腸管神経細胞が正常に分化できなくなるものと推定された。
|