下行大動脈遮断に伴う重篤な合併症として脊髄虚血による対麻痺があり、その発生頻度は0.5〜15%とされている。しかし、未だその病態については不明である。そこで我々は、複数のモニタリングを行い、複数高位から脊髄誘発電位を記録することで、脊髄の虚血がどのように誘発電位に反映されるのかについて検討を加えた。 16匹の雑種成犬のうち、術後に麻痺の観察が可能で組織を摘出することのできた8匹を対象とした。全身麻痺下に胸部大動脈を遮断し、脊髄刺激脊髄記録(ESCP)及び坐骨神経刺激脊髄記録(sciatic ESCP)の誘発電位を観察し、波形と振幅について検討を行った。さらに、48時間後に麻痺の観察を行った後、潅流固定を行い、Th1からS5髄節までを一塊として摘出し組織学的な検討を行った。 電気生理学的検討から、ESCPのN2振幅、腰膨大部で記録されるESCPのN3振幅、sciatic ESCPのN3振幅の回復率は、組織学的な虚血性変化の出現と麻痺の発生と関連していた。しかし、ESCPのN1振幅の回復率は、組織学的損傷や麻痺の発生とは関連せず、N1振幅のモニターでは麻痺の発生を予知することは困難と思われた。 組織学的な検討からは、虚血性変化は胸腰椎移行部から腰膨大部にかけて出現し、灰白質に強く認められた。そして、虚血性変化は各高位に一様にくるのでなく、高位により損傷程度の違いを認めた。また、腰膨大部では、灰白質の変化は前角部より後角部に強く出現していた。 以上より、複数のモニタリングを複数高位で観察し、ESCPのN2振幅、N3振幅、sciatic ESCPのN3振幅の低下を認める場合には、速やかに血行再建の操作に移るべきと考えられた。
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