研究概要 |
平成6年度までの研究で、ヒト羊膜細胞がendothelin(ET)およびbrain natriuretic peptide(BNP)など平滑筋の収縮や弛緩に関与する物質を産生すること、および、様々な細胞で情報伝達に関与していることが知られているphospholipase D(PLD)が羊膜組織にも存在することを報告してきた。本年度の成績は以下の通りである。 1.妊娠末期・中期いずれも絨毛膜、脱落膜、子宮筋には大量のET-AおよびET-B受容体が検出された。妊娠末期の羊膜組織には結合実験でもNorthern blot解析でもET受容体は検出されなかったが、妊娠中期の羊膜組織ではET-A受容体が検出され、培養羊膜細胞ではET-B受容体が検出された。 2.培養羊膜細胞のET-B受容体遺伝子発現は、胎児成熟に伴って羊水中に増加するEGFにより抑制された。 3.絨毛膜、脱落膜、および子宮筋には大量のANP-A受容体が存在し、これらの組織の膜分画にBNPを添加するとsecond messengerであるcGMP産生が増加した。羊膜細胞にはANP-A受容体は発現していなかった。 4.ラット妊娠子宮筋を用いて、in vitroにてPGF2αにより収縮を誘発し、そこにBNPあるいはcGMPを添加すると、いずれも用量依存的に収縮が抑制された。すなわち、ラット妊娠子宮筋には、BNP受容体が存在し、かつcGMPがG-kinaseを介して子宮筋を弛緩していることが示された。 5.羊膜細胞の培養系に、PLDのsecond messengerであるホスファチジン酸(PA)を添加すると、上清中へのPGE2産生量が濃度依存的に増加した。脱落膜細胞のPGF2α産生量は有意の増加は見られなかった。 6.PAのPGE2産生促進作用は、protein kinase C(PKC)の阻害剤であるstaurosporineにて抑制されたことから、PKCを介した作用機序が関与していると考えられた。 7.羊膜細胞のPLD活性は、AAやphospholipase C(PLC)にて促進されたことから、羊膜のPLA2,PLC,PLD間にはcross-talkが存在すると考えられた。 以上の結果をまとめると、羊膜細胞はET-1やBNPを産生すると共にPLDが存在するが、これらは妊娠子宮内組織の受容体を介して妊娠中期には子宮筋を弛緩させ妊娠を維持する方向に作用していることが示された。そして、妊娠末期には胎児由来の各種物質の作用により、BNP産生は低下しET-1とPGE_2の産生は増加し、陣痛発来の方向に変化することが明らかとなった。すなわち、胎児成熟にともなって羊水中に増加するEGF、cortisol、ACTH、AVPなどが羊膜細胞を介して各種の生理活性物質を産生し、さらに脱落膜や子宮筋に作用を増幅伝達するという形の合目的的な妊娠維持機構が存在する可能性が示された。
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