虚血性心疾患の発症原因の一つとして心筋エネルギー代謝不全があり、虚血心筋組織ではアデノシン-燐酸(ATP)含量が減少している。本研究では、虚血によって起こるATP減少を食い止めるべく、人工脂質膜(リポソーム)にATP誘導体(アデニンヌクレオチド)を封入して心筋細胞に送り込む実験を行った。本年度はまず、熱に不安定なアデニンヌクレオチドを低温でリポソーム内に封入するために、幾つかの種類の脂質でリポソームを作製した。それらは(1)ジオレオイルホスファチジルコリン:コレステロール=5:1、(2)Eggホスファチジルコリン:コレステロール5:1および(3)ジミリストイルホスファチジルコリン:コレステロール=5:1である。その結果、(2)Eggホスファチジルコリン:コレステロ-=5:1の組成のリポソームのアデニンヌクレオチド保持効率が高かったので、この組成をベースに更に改良を加え、最終的にEggホスファチジルコリン:コレステロール:ジセチル燐酸=10:10:1の多重層リポソームで保持効率0.8±0.2に到着した。一般的な水溶性物質のリポソーム内保持効率は1%前後である。しかし、このリポソームでも血液中での半減期は短かった。したがって、なるべく血液中に曝露される時間が短くて心筋組織に到達させるためには、冠動脈内投与しなければならなかった。作製したリポソーム-アデニンヌクレオチド封入体を麻酔開胸犬の冠動脈起始部に挿入したカニューレから持続注入し、虚血心筋に対する影響を予備的に観察した。左冠動脈前下行枝を閉塞した後、その閉塞を解除すると、心筋収縮力は低下するが、本研究で作製したリポソーム-アデニンヌクレオチド封入体を冠動脈内に投与しておくと、心筋収縮力の低下が有意に軽減した。次年度は血液中でも安定なリポソームを作製し、少なくとも静脈内投与可能にしたい。
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