αB-クリスタリン蛋白質の神経系における機能について検討するためにまず細胞培養が比較的易しいグリオーマ細胞に遺伝子導入を行ない、発現レベルの異なるモデルを作成してαB-クリスタリンの機能解析を進めた。この実際では構成的に発現を変化させる目的で、ラウス肉腫ウイルスのプロモーターの下流にαB-クリスタリンのcDNAを正方向ないし逆方向に連結したものをグリオーマ細胞に導入し、αB-クリスタリンの高発現系および発現抑制系を作成することに成功した。αB-クリスタリンの発現を抑制すると細胞は小型で細長くなり、ストレスファイバーの減少ないし消失をきたし、細胞の基質への接着性が低下した。逆にαB-クリスタリンの増加はグリオーマ細胞に熱ショックへの耐性獲得に寄与することが分かった。以上の結果よりαB-クリスタリンはグリオーマにおいて細胞骨格構造の安定化に関与し、種々のストレス耐性の担い手となっていることが示された。ついでこのモデルを用いて細胞外K^+濃度の上昇がグリア細胞に及ぼす細胞障害の影響を解析し、αB-クリスタリンがこの細胞障害に対して保護的に働くことを明らかにした。一般に神経組織に破壊性病変が生じると、細胞外腔のK^+濃度は異常に上昇しグリア細胞体の腫脹と細胞死を引き起こすことが知られている。我々の研究結果から、神経細胞死に引き続いて起こる細胞外K^+濃度の上昇に応じてαB-クリスタリンは反応性グリア細胞に蓄積し、その細胞骨格構造の安定化に関与しグリア細胞の細胞死を防いでその生存を助長していると考えられた。現在は化学合成したアンチセンスオリゴマーによる発現抑制系を培養細胞レベルおよび個体レベルで作製するべく実験モデルの作製に取り組んでおり、この実験方法の確立に最も重点を置いている。
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