本研究計画では、神経系に特徴的な機能分子の遺伝子をジーンターゲティング法によって改変・欠失させたミュータントマウスを用い、遺伝子変異の神経機能を及ぼす影響を解析することで、それらの分子の役割や機能のメカニズムを追求することを目的とする。特に、NMDA型グルタミン酸受容体に焦点を当てた(東大医学部三品教授らとの共同研究)。 1.NMTA型グルタミン酸受容体ε1サブユニットを欠損させたミュータントマウスを用い、海馬CA1野シナプスの長期増強の解析を行った。成体ミュータントよりの海馬スライスにおいては、長期増強が顕著に抑制されていた。このマウスは空間学習能力も低下していた。この結果は海馬の長期増強が記憶の基礎過程であるとの考えを強く支持している。 2.ε1遺伝子欠損の影響が生後発生の過程にどのように影響するかを検討した。CA1野シナプスにおけるNMDA受容体活性は、野性型もミュータントもともに週令が進むにつれて減少したが、ミュータント・マウスは週令に関わらず常に野性型のほぼ半分であった。これに対し長期増強に対する影響は、週令とともに重篤となり、成体では野性型マウスに比べて長期増強が半分以下に抑制された。 3.NMDA型グルタミン酸受容体のもうひとつのサブユニットであるε2についても同様の検討を加えた。ε1とε2のそれぞれの遺伝子欠損の影響を比較した結果、海馬CA3野錐体細胞においては、NMDA受容体のサブユニット構成が同一細胞に形成されるシナプスの種類、またはその部位により異なっていると考えられることが分かった。この結果は、現在明らかでないNMDA受容体の実際の構造を示唆するのみならず、脳の高次機能と密接に関連した受容体のサブユニットが、入力特異的ないしは細胞の極性に基づいて、神経細胞内の特定の部位にソーティングされていることを示唆している。
|