これまで化学物質の複合作用に関する発がん性リスクアセスメントの科学的根拠はほとんどなかったが、実際のヒト集団では複数の発がん物質の長期微量曝露によって、がんが発生すると推定される。今回(a)ヒト培養細胞におけるパルスフィールドゲル電気泳動法によるDNA損傷解析、(b)単離したヒトがん原遺伝子におけるDNA損傷解析の二つの方法を組み合わせ、化学物質の複合作用によって発現する発がん性をも検出できるヒト遺伝子損傷解析法を開発を試みた。また、本方法を用いて、発がん性有機化合物のうちサルモネラ変異原性試験(Ames試験)で変異原性が証明されていない又は変異原性の弱い物質に注目し、金属イオンとの複合作用によるDNA損傷機構について検討した。その結果、Ames試験陰性の発がん物質およびそれらの代謝物の多くは、金属イオンの存在下において活性酸素種を生成し、酸化的DNA損傷をひき起こすことが示唆された。それらのDNA損傷機構には異なる二つのタイプがあることを見い出した。その一つはNADHを要求するタイプである。Ames試験陰性の発がん物質の代謝物がベンゾキノン誘導体である場合NADHによって非酵素的にセミキノンラジカルに還元され、再度酸化されて活性酸素を生成するという過程の繰り返しによりDNAを損傷した。もう一つのDNA損傷機構はマンガン(Mn)を要求するタイプである。トリプトファン代謝物やカフェー酸は、Mn(II)との複合作用により活性酸素を生成して、Cu(I)との反応によりDNA損傷を起こすと考えられる。以上のように、Ames試験陰性の発がん物質は金属イオンの作用によってH202を生成し、酸化的DNA損傷をもたらす場合が多いことがと明らかになった。本方法は複合環境因子の発がん性予知のためのヒト遺伝子損傷解析法として期待ができる。
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