研究概要 |
本研究の目的は、最新の遺伝子工学的手法を用いて、ヒト脳腫瘍細胞のマーカーとして利用できる新しい分子を単離し、その解析を行なうことである。我々はまず、胎生16日のラット脳からpoly(A)RNAを抽出してcDNAlibraryを作製し、この中から、胎生16日の脳に比べて成熟ラット脳で発現が著しく減少するmRNAに対するcDNAクローンを、differential screening法及びその改良法(cDNA library DNA-Southemblot法)を用いて選択した。得られた候補クローンのmRNA発現パターンをNorthemblot法で確認して、ラット脳組織で胎生期に選択的に発現するmRNAのcDNAクローンをこれまでに5種類単離することができた。それらのクローンの部分塩基配列を解析した結果、このうち3種はデータベース中の既知の配列(βtubulin Mβ5,thymosin β10,S24類似のribosomal protein)と一致したが、2種については報告されていない新しい遺伝子であることが判明した。in situ hybridization法での解析の結果、これらのmRNAは、各遺伝子ごとに様々の発現パターンを示しながら脳発達に伴って減少しており、興味深いことに、これらの中のいくつかの遺伝子では、発達過程の小脳の外顆粒層やsubventricularzoneに選択性の強い発現が認められた。我々はさらに、各種のヒト株化細胞からRNAを抽出してNorthemblot解析を行い、今回単離された遺伝子群の多くはヒト株化グリオーマ細胞でも発現されていることを明らかにした。 今回の研究により、ラット脳の発達過程において、胎生期に選択的に発現している遺伝子群はかなり数多く存在することが明らかになり、遺伝子工学的な手法の有用性が示された。このような胎生期選択的な遺伝子群のコードする蛋白は、癌胎児抗原(onco-fetal antigen)として、診断や治療に利用できる可能性があるが、それらに関する系統的な解析はこれまでほとんど行われていない。今後、遺伝子発現パターンをさらに詳細に解析すると共にコードする蛋白の構造解析等を行なうことにより、実際にヒトグリオーマの腫瘍マーカーとして病理診断に利用できる分子が選別できると考えられる。
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