研究概要 |
本研究の目的はT cell/B cell機能の欠損した免疫不全マウスであるscidマウスにヒトの皮膚を移植し、それを用いた発がん実験系を樹立し、発がん予防、阻止薬の検定系の開発をめざすところにある。正常ヒト皮膚をscidマウスに移植、移植した皮膚にがん原物質を直接塗布することによる発がん実験を試みた。ヒト半層または全層皮膚をscidマウス背部皮膚に移植し、生着した皮膚にDMBA(200-300 nmol),benzo[a]pyrene(200-300 nmol),methylcholanthrene(1.5 μ mol),もしくはMNNG(1.5-3 μ mol)などのがん原物質の内、いずれか一つを週一回マウスが衰弱あるいは死亡するまで(約25週間)塗布し続けたが、ヒト皮膚での腫瘍形成はみられなかった。これら4種類の物質を交互に塗布し、それに加えて週5回UV-Bを照射した群でも腫瘍の形成はみとめられなかった。また、イニシエーターとしてDMBAを、プロモーターとしてTPAを用いた2段階発がん実験も行ったが、ヒトの皮膚では全く腫瘍は形成されなかった。一方、試みたいずれの処置によってもscidマウス背部皮膚では腫瘍の形成が認められた。がん原物質の塗布量を下げ、投与期間の延長を試みたが、いずれの試みにおいてもヒトの皮膚部分には腫瘍は形成されなかった。またテープにより皮膚角質バリアーを取り除いた上での実験も試みたが、ヒト皮膚部分には腫瘍は形成されなかった。次に、小型霊長類であるマ-モセットの皮膚をscidマウスへ移植することを試みた。マ-モセット皮膚の移植に成功した為、それを用いてのDMBA(2 μ mol,週1回)の局所塗布による発がん実験を試みたが、26週間にわたる実験期間中(マウスが死亡した為、実験を継続不可)には腫瘍は観察されなかった。しかしながら、マ-モセット自身の背部皮膚にDMBAを同量塗布した場合、マウスに比べ遥かに遅いが(マウスでは9週頃より腫瘍が形成されてくる)35週目頃より腫瘍の形成が認められた。 これらの結果より、マウス皮膚では顕著に認められる各種がん原物質による発がんがヒトの皮膚では極めておこりにくいことが示された。よってscidマウス移植ヒト皮膚を用いての発がん実験系の樹立は極めて困難であり、その主たる理由は、マウス自身ががん原物質の毒性及び発がんにより比較的早期に死亡してしまうこと、並びにヒト皮膚における発がんはマウスに比し、かなりの時間を要するためであると考えられた。
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