本年度の研究では、デカルトの書簡についての序論的考察をした上で、実際的な訳注の作業を行った。 まず序論では全書簡700余通を総覧して、その宛先、日付、発信場所などを確認し、その内容を示すキーワード(たとえば、幾何学、オランダ、真理、力学、ガリレイなど)を設定した。そして広い意味での哲学に関係する書簡を約200通選び出した。この作業には慎重な選球眼が要求されるので、コッティンガムやアルキエなどの先例を参考とした。次いで訳注においては、主としてベ-クマンやメルセンヌ宛て書簡など初期の手紙を扱った。そのうち特に重要と思われるもの(50通程度)について日本語訳を施し、文献学的、歴史的、思想的な観点から・注釈を試みた。 その結果得られたプラスの知見としては、この時代の書簡は私信ではなく公表を意図して書かれた場合があり、著書に準ずる重要性をもつこと、他所では述べられなかった具体的で印象的な議論(たとえば真理論)が展開されていて貴重であること、哲学者がまさに時代状況(たとえばガリレイ事件)の中で思索していることが如実に示されていること、などがある。他方マイナスの知見としては、ラテン語やフランス語の原文がしばしば晦渋であるに加えて、当事者でなければ知り得ない様々な話題があり、文献を駆使しても解釈しきれないことが少なからずあった。こうしたことを踏まえ、今後の研究の方向としては、時代順に網羅的に訳すことは史料的に重要なことだが、その一方で、ある特定の人物に対象をしぼり、その人との往復書簡を集中的に検討してみるのも有益であろうと考える。
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