平成7年度は、主としてデカルトの中期書簡(1637-1641)の翻訳・注釈の作業に専念した。すなわち『方法序説』から『省察』の時代に書かれた手紙を研究対象とした。内容的には、『方法序説』の諸問題、コギト・エルゴ・スム、真理論、観念などの主題を扱った。また、スピノザをはじめ同時代人のデカルト解釈、現代の現象学や分析哲学の解釈を検討し、多角的・総合的に問題を展開した。これによって、現代哲学がいかにデカルトの上に成り立っているかが再認識された。 しかしこの研究計画には、コギトという最大の難問が含まれていたこともあり、その遂行はかなり難航した。一応予定した訳注の4割をこなしたが、さまざまな問題点があることも気付かれた。(1)たとえば「真理」がそうであるように、デカルトにおいては同じ問題について、書簡と他の著作とでは、その表現に微妙なズレがあることがあり、その真意を特定するのは難しいこと。(2)ライプニッツなど同時代の人の解釈(たとえばコギト解釈)は、デカルトとはまったく違う立場からのものであり、役に立ちそうであるが、実際はほとんど役に立たないこと。(3)現代哲学は、ある言葉(例えば観念という言葉)をきわめて狭い意味に限定して使っていることが多く、そのため分析哲学や現象学からするデカルト批判は、ほとんど的を外れていること。 結局、ある一つの哲学を理解するということが、どれほど困難な作業であるかを改めて知ったが、それゆえにこそ翻訳と注釈という古来の地道な方法が貴重であることを痛感した。
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