本研究課題では、中観思想の根本的概念である「空性」を、論理的な表現によって解明・記述することを目標としてきた。空とは、存在と無という二律背反的な対立概念を越えた第三の存在様態を指していると考えることができるが、通常の論理的な言語では十分な表現のできない概念と考えられてきた。とりわけインドの原典自体が用語上の統一性を欠いた曖昧な(よい言えば柔軟な)記述をしてきているために、それを直接読解するだけでは、根本的な理解に到達することは極めて困難である。本研究課題を進める過程で、体系性に欠けるインドの原典に対して天才的な読解を施し、さらにそれを体系的なまとめあげたチベット最大の哲学者ツォンカパの解釈を辿ることによって、空思想の哲学的な解明を進めてきた。ツォンカパについての従来の研究においても、そのような論理学的アプローチは積極的には行われてきていないので、ツォンカパ思想の研究にも貢献できるものと考える。 ツォンカパの解釈は極めて説得的ではあるが、しかし、その分原典にない視点が導入されている可能性も否定できない。事実、チベットにおいてもツォンカパおよびその継承者たちへの批判は根強く残っており、あるいはツォンカパの継承者たちの間でも、ツォンカパの著作において不明瞭であった諸点について様々な議論が行われてきた。今後はこれらの視点を検討することによって、ツォンカパによる空理解を相対化し、より広い視野のもとに論理的な空思想の解明を行う必要がある。
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