本研究課題は、従来言葉や理論を越えたものとして、哲学的な解明に適さないものとされてきた中観思想の「空」という概念を理論的に解明すること、そしてそのための基礎的な作業を遂行することを目標とした。具体的な研究対象として、本研究課題では中観思想の系譜のさいごに位置するツォンカパの中観思想の分析を行った。研究は、ツォンカパの思想の基本的な構造を分析すること、そしてそのための基礎研究の一環として、従来あまり注目されることのなかったツォンカパの重要な著作の校訂テキストおよびその和訳、それについての後代の関連文献の要約などの資料を作成すること、この二つの作業を行った。ツォンカパの中観思想の根本構造を分析するには、重要な術語について、ツォンカパの主要著作の電子テキストを利用して、検索ソフトを自作し、縦横に検索を行いながら考察をした。その成果の一部は、「ツォンカパの中観思想の基本構造について」にまとめ、さらにそれに続く論文を準備している。また、基礎作業としてツォンカパが自らの顕教における最終的な立場と考えている中観帰謬論証派の見解が他の立場と異なっている点、その重要であるが難しい点を八つにまとめて列挙し、説明している文献『〔中観帰謬派の思想における〕難しくもあり重要でもある八つの点についての〔ダルマリンチェンによって書き留められた〕講義録』を校訂し、その和訳を作成した。帰謬派の特徴的な点を数え上げる、という方法は、この著者と若干の異同があるものの、ツォンカパの他の著作にも見られ、また後代にも、同様のリストが各種作成されるようになった。ツォンカパの数え上げた重要な点は、確かにツォンカパの思想のある意味での要約となっており、その錯綜した文章を読むだけでは得られない透徹した理解を得ることができる。
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