本研究の目的はキリスト教に淵源を有するカクレキリシタン信仰にあっても、その深層には東洋の諸宗教に共通するタタリ信仰が存在することを、彼らの行事や聞取りを通して明らかにすることであった。そのために野立ち(野山における牛の悪霊払い)や家払い(家のなかの悪霊払い)に注目してきたが、それに加え、初田様の行事、池祭、牛神祭、祇園祭の調査を行った。 初田様の行事は純粋にカクレキリシタンのメンバーのみで施行される行事であり、しかも、生月でも山田の全役職者が参加して行われる大きなものである。田植えをしていて突然大水が出て川下に流されて死んだ「お初さん」というキリシタンの女性を供養する行事である。4月の上旬の田植え前に行われるこの行事には、田祈祷の行事も付帯している。すなわちお初さんは山田の農耕神となっており、不慮の死を遂げたタタリ神の性格を有している。後者の3つの行事はカクレキリシタン行事というわけではない。山田の比賣神社の神主が行う神道行事であるが、参加者の多くがカクレキリシタンのメンバーである。池祭は池や川に棲む悪霊、すなわち河童のタタリを鎮めるものであり、牛神祭は放牧している牛にとりついて怪我や病気をもたらす悪霊を払うものである。祇園祭は夏の流行病もたらす悪霊を払い、大漁満足、五穀豊穣を祈願するものである。 生月のカクレキリシタンの間に行われている諸行事は、純粋なカクレキリシタン行事であろうと、彼らが氏子として参加する神道行事であろうと、「悪霊のタタリとその祓い」という観念によって支配されていることが見てとれる。これからさらに神道行事、ホ-ニンが関わる行事を調査して行くことによって、いっそう明白にカクレキリシタンの神観念、ひいては日本の民衆の神観念を明らかにしてゆくことができるであろう。
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