本研究のねらいは、1980年代以降英語圏およびドイツ語圏を中心に急速な展開を示している「応用倫理学」を現代日本の社会的文献に移し入れ、その実質的な展開をめざすとともに、研究過程で蓄積されるデータベースを可能なかぎり研究者・市民に提供する回路を開拓することにあった。二年間の研究は、応用倫理学の原理論および各論にそって進められた。すなわち原理論については、応用倫理学の系譜をおさえたうで、ロールズの「反照的均衡」とフ-コ-の「権力分析」を方法的に組み合わせるという展望を切り拓いた。各論については、(1)平等と差別、(2)経済倫理学、(3)戦争と平和、(4)生命倫理学、(5)環境倫理学、以上の五部門について調査を続けた。 (1)については、「文化の公正な分かち合い」という課題を取り上げた。とくにこの方面では比較的手薄だった「芸術活動への公的サポートのあり方」を、まさしく現代日本の社会的文献において考えてみた。(2)では、福祉国家の正当性という問題に即して、経済倫理学の根本問題を扱った。(3)では、米国スミソニアン原爆展示論争に対するジョン・ロールズの関与を軸に、「戦争のルール」を考察した。(4)では、P・シンガーの『生殖革命』を批判的に読み解きながら、体外受精や代理出産など「新しい生殖技術」に対する生命倫理学的評価を試みた。(5)では、日本の環境倫理学に対する重大な挑戦であった阪神・淡路大震災(1995年1月17日)を念頭におきながら、関東大震災が日本の倫理学に及ぼした影響を測定した。 以上が研究成果の概要である。
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