研究概要 |
1.本年度の研究課題のひとつは,音楽が18世紀に「芸術」のジャンルに組み入れられる前後の思想の動きを,思想史の領域における古典の伝統という観点から,当時の芸術実践とも関係づけながら吟味することであった.そこでこの動きの焦点ともいうべきCharles Batteux,Les Beaux-Arts reduits a un meme principe,1746を原文で読み,著者が「諸芸術」の体系を構築するにあたって古典思想,とりわけアリストテレースの模倣論をどの程度明言的,非明言的に踏まえているかを見た.未だまとめる段階には達していないが,バトゥは芸術を一括して模倣の営みと見る出発点から個別的な論点に至るまで,多くの場合単なる権威としてでなく実質的な論の支持者として,アリストテレースを踏まえていることが確認された.しかしいくつかの箇所で現代と食い違うアリストテレース理解も見られたので,次の課題としては,18世紀におけるアリストテレースの『詩学』注釈の動向と伝播を探ることによって,その差異がバトゥ自身によるのか,時代の趨勢を写しているのかを見極める必要がある. 2.もうひとつの課題であり本研究全体の前提であるのが,「古典」の実質を見定めることであった.これにつき,プラトーンの模倣論の中核をなす『国家』第十巻におけるμιμησιζの概念を検討した.その結果彼が理想国家から追放しようとしているのが,一般に理解されるように詩全般なのではなく,音楽的に再現される詩に限定されていると解釈することによって第三巻における詩重視論との矛盾が回避されることが明らかになった.しかしながらこの解釈について,18世紀以降の類似例を見出すことは今のところできないので,この線に沿った古典の伝統は存在していないと考えられる.
|