本研究は、日本彫刻史上、造形力の豊かな名作が数多く生み出された8・9世紀の木彫像にスポットを当て、従来の合理的に解釈された図式的、発展論的な様式観にとらわれることなく、多様な視座を通して新たな様式観を構築することを目的として行なわれたものであり、その過程で調査できた作品は神護寺、唐招提寺、大安寺、新薬師寺、興福寺等に所蔵される当該期の重要作例をはじめとして、近畿地方を中心として26ヵ所、64体に及ぶ。調査時に作成した調書はすべてワープロに入力し、撮影した写真資料についてはすべて専用のファイルに整理している。 この調査研究を通して得られた成果は次のようである。まず、ヒノキないしカヤという新たな用材による木彫像の成立には奈良の地が重要な役割を果し、8世紀には奈良の僧侶たちによって中国の檀像が受容され、それにともなって木彫認識が深められていくことを推定した。また、8・9世紀における仏教のあり方には都(平城京、平安京)における伽藍仏教とその周辺の山で展開する山林仏教の二面性があり、両者は不即不離の関係で展開し、特に後者の流れの中から木彫像が展開していく可能性を認識した。こうした成果に基づいて、研究分担者の岩佐が9世紀の木彫像の一つである観心寺の観音菩薩立像に関する研究を発表することができた(岩佐光晴「観心寺観音菩薩立像について」-『MUSEUM』531、532 1995年6月、7月-)。しかし、この2年間で調査した作品の多くは奈良、京都を中心に現存するものであり、その他の地域(大阪、兵庫、滋賀、福井、さらに関東・東北地方)の重要作例については未調査のものを多く残す結果となった。また、彫刻用材の判定法、神仏習合と木彫の関係など、新たな問題点も浮上しており、今後も継続して本研究を進めていきたいと考えている。
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