アカゲザルとチンパンジーのポンゾ錯視の知覚を分析した。試行開始とともにタッチパネル付きのコンピュータディスプレイの画面中央に種々の長さの横棒(標的図形)が1本、種々の文脈刺激(誘導図形)を伴って提示される。被験体がこれに数回触れると、画面下方両端に2つの選択反応キ-が現れた。文脈刺激とは関係なく、長い3本の棒に対しては一方のキ-、短い3本に対しては他方のキ-を押すことが訓練された。訓練完成後、文脈刺激と標的線分の上下の位置関係を操作して選択反応の割合のバイアスを調べた。その結果、(1)逆V字型の上方収斂線分(基本文脈)、基本文脈の外側に上方1点に収斂する3本ずつの線分を付加し奥行き感を強調したもの、付加線分がそれぞれ平行で1点に収斂しないもの、が文脈刺激である場合には、いずれも標的図形が収斂する線分の頂点に近づくに従い「長い」と答える割合が相対的に多くなり、ポンゾ錯視が生じたが、これらの文脈刺激間には反応のバイアスに差はなかった。ヒトでも同じであった。図形による奥行き感の強弱はポンゾ錯視に大きな影響を与えないことがわかった。(2)基本文脈を奥行き感のある風景写真に重ね焼きしたもの、およびそれを倒立した同じ写真に重ね焼きしたものを比較すると、前者でわずかに錯視量が大きい傾向があった。また(3)風景写真だけを正立で提示したものと風景写真だけを倒立で提示したものを比較すると、前者では少量の錯視が見られたが、後者では見られなかった。従って、実体的な奥行き感はポンゾ錯視を増強するように思われる。(4)標的図形の位置で基本文脈刺激と同じ間隔を持つ短い縦平行線分を用い、文脈を構成する2本の線分の間隔を上記の操作に対応した分だけ操作したところ、ヒトでは大きな錯視が見られたが、アカゲザルではほとんどバイアスが生じなかった。ヒトとサルの間には、基本的な情報処理過程にも差があることが示唆された。
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