図形認知の成立過程を、図形を描画する運動を解析するという側面から研究した。これは、図形の認知が、単に受動的な刺激受容ではなく、能動的な課題解決行動であるという認識のもとで行ったものである。1)1本の直線を描くとき、描くべき直線の長さが長くなると描画速度は加速される。これは被験者が主観的に等しい速度を保って描画する場合でも、被験者に気づかれることなく起こる。2)直線の全体を視覚的に与えず、トレースする部分だけが局所的に見える条件では、最初の呈示では、長さによらず等速でトレースされる。同じ長さの直線を繰り返し呈示すると、長い直線は短い直線の場合より速くトレースされるようになる。3)上記の呈示条件で1回毎に再生を繰り返し、反復度数が増えると多くの被験者では長い直線のトレース速度、再生速度とも、短い直線に比し加速が見られた。これは長さの認知がトレースする腕の運動、またはトレースに要する時間を手掛かりとする段階から、視覚イメージを手掛かりとする段階に移行したことを示唆する。少数の被験者では、長短の直線を再生する運動経過は、殆ど差がないので、運動または時間の手掛かりを用いているのではないかと思われる。3)しかし、長短2直線と同じ長さの直線を構成要素とする長方形を再生させたときは、直線だけでは長い直線での加速が見られなかった被験者でも長さによる加速が見られた。同じ直線であっても単独の場合と、図形の中に組み込まれた場合とで直線の認知が仕方が相違することが示された。4)視野制限の窓を動かして幾何図形を走査する課題で、窓の動きと手の動きの関係を、コンピュータ・プログラムで上下方向と左右方向で異方性を持たせると再生図形の歪みが見られたが結果は単純ではなく、さらに検討を要する。5)描画の運動経過の解析は、静的データでは得られない情報を得る有力な手段と考えられるので今後積極的に利用する予定である。
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