前年度の研究を反省し、事例研究を引き続き行った。とくに「恩」と「恩返し」、「借り」「負い目」などが問題になった臨床事例の詳細な内容を収集し、整理した。そして、得られたデータから、過剰な「恩」と「恩」からの逃避に関わる因子として、環境、親子関係、病前性格を抽出することを試みた。昨年と同様、事例研究の対象は、精神科臨床だけではなく、職場や学校の臨床心理場面を含み、これに慢性疾患を患う患者の家族を加えた。これによって、下記の知見が得られた。 (1)「恩」の理想化:「恩」を強く感じるために「恩返し」を行おうとする態度は、日本人において理想化されている。 (2)「恩」の深まり:「恩」を強く感じすぎる傾向が、抑うつ状態や心身症において見出され、これが「自責の念」「働き過ぎ」「自己犠牲」などの諸特徴と結びついている。 (3)「恩」からの逃避:周囲の「恩着せがましさ」を嫌い、甘えられず、逃避するという現象が、パーソナリティ障害などで見られる。 (4)「恩」についての洞察:以上のような状態で、カウンセリングや心理療法で、その構造と発生論についての洞察を得ることは、健康回復につながることが多い。 (5)環境調整の効果:自己犠牲を行う者の周囲には、それを強いる環境が固定されやすく、治療ではその環境調整は重要である。 さらに「燃えつき症候群」などの先行研究と比較するとき、われわれが自虐傾向を問題にしていることが独創的である。また、カウンセラ-たちがこの可能性を知っておくことは、臨床的に有益であることが示唆できたと思う。今、慢性病の患者を世話する家族を対象に「恩」と「恩返し」について調査しているので、これにより特に血のつながりのある場合と、ない場合とでは「恩」意識の違いが生じることが予測されている。
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