「獄中ノート」校訂版(全32冊)のなかで、特に重要なのが一連の「特別ノート」であるが、本研究では、この「特別ノート」の分析をおこなった。そこにおける研究成果は以下の点である。 1.「第三インター」系社会理論の経済主義的決定論や階級還元論批判およびその哲学的基礎としての機械的唯物論についての批判的考案は「第10・第11ノート」(いわゆる「哲学ノート」)で基本的に完了し、それ以降の「特別ノート」は、ヘゲモニ-・ヘゲモニ-装置論を中心テーマとしつつ、政治科学・歴史科学・文化論などの諸テーマに分節化される。 2.「第12ノート」(知識人論ノート)は、最も完成度の高い「特別ノート」であり、それ以降の文化とヘゲモニ-の相互関係の分析に関する「文化論関連ノート」の基礎である。とくに知識人集団のヒエラルヒ-的編成の問題は、ヘゲモニ-関係の具体的分析にとって中心的モメントとなることを解明した。 3.「国家=政治社会+市民社会」というグラムシの規定に明確なごとく、政治・社会理論としての市民社会論に関する考案の重要性を解明した。それはヘゲモニ-関係、ヘゲモニ-斗争の場であると同時に、アソシエーション(自発的結社)を通じての政治社会に対する「自己統治能力」形成の場であることをグラムシは強調した。 4.従来の研究において不十分であった「トラスフォルミズモ、Trasformismo」(変異主義)や「コンフォルミズモ、Conformismo」概念の分析をおこなった。前者は、市民社会と政治社会との不均衡を示す分析概念であり、後者は文化的ヘゲモニ-の多様性、複合性を示す概念であることを明らかにした。 以上の研究を通して、ヘゲモニ-論の考案が、政治的次元から文化的・社会的次元へと移行し、「獄中ノート」後半部における考案が文化論を中心とするテーマとなっていくことを明らかにした。
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