本研究は平成6年度から平成8年度までの3年間にわたって行った。調査地域ごとに死と葬送儀礼、家と先祖認識、仏壇と位牌、墓地と石塔、葬儀の役割分担などについての調査を行い多くの成果を得た。その一部を示すと以下のとおりである。従来の葬送の民俗をめぐる研究は儀礼中心の立場と社会関係中心の立場との二つの分かれており同じ葬儀を対象としながらもその分析は一面的であった。しかし、このたびの調査研究によって新しい研究視角を確保することができた。それはとくに葬送儀礼の執行の上での血縁(家族・親族)、地縁(村落社会)、無縁(僧などの宗教者・葬祭業者)の三者の作業分担をめぐる地域差の発見とその意味についてである。広島県山県郡千代田町のように近隣集団が葬儀の中心的な作業を最初から最後まで執行し、家族と親族は一切手出しせずに死者に付き添うのみという事例、山口県豊浦郡豊北町のように死亡当日の第一日目だけは葬儀の準備をすべて家族と親族とで行い、二日目から近隣集団が葬儀の中心的な役割を分担するという事例、福井県敦賀市および三方郡美浜町のように近隣集団がほとんど親戚関係にあり他人がいないような村の場合、棺担ぎや埋葬などの役を行うために親戚の中からとくに「他人を作る」という方法をとっている事例、岩手県下閉伊郡岩泉町のように葬儀の作業の主要な部分はすべて家族、親族が担当し近隣集団には補助的な役割だけを頼むという事例、などがあるが、とくに葬儀の執行主体が家族と親族であるという事例の存在は古代中世の記録にみえるところとも共通している。これは葬儀の歴史の上で近世社会における近隣組織の発達と相互扶助の慣行の浸透により葬儀の執行主体が血縁から地縁へという変化が各地で起こったのではないかということを推定させる。民俗の地域差が歴史を反映している可能性があるのである。この成果を基に文献と民俗の双方からの検証を現在進めている。
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