本年度は、近年の中国の中国史研究の特色を宋代史を例に考察した。文革以降、徐々に実証研究が増大し、無くなったわけではないがイデオロギー過剰の研究は殆ど影を潜めた。それに伴い、盛行を極めた農民反乱研究は極端に少なくなり、社会経済史の分野も相対的に論文数が減っている。逆に文化史を標榜する研究が増加しているが、政治史、文学史などと区別された、独自の分野としての文化史が成立しているかとなると疑問が残る。これは中国に限らず、また中国史のみの問題ではないが政治、経済中心の歴史研究からの転換が唱えられている昨今、充分吟味しなければならない事項である。 最近の『中国史研究動態』が欧米の中国史研究の歴史を積極的に紹介しているように、海外の研究動向に目が向けられてきたことは注目される。しかしそれらが具体的研究に反映する段階には至っていない。他の時代と異なり、一次史料の新しい出現が殆ど無い宋代史の分野は、既存の文献史料の整理活用が基本作業となる。その意味で四川大学古籍整理研究所の『全宋文』編纂は、事業それ自体の効用に加え、『宋人伝記索引補編』や『現存宋人別集索引』などの副産物が学界に裨益すること大で、中国における中国史研究が国史研究にほかならぬことを如実にあらわす作業といえる。中国ならではの研究特色は、こうした史料上の圧倒的に優位な状況を最大限利用した緻密な実証研究に当分は存することになろう。
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