百年以上にわたる歴史をもつ近代日本の中国史研究は、現在、大きな転換期に立っている。その背景には、国民国家形成と歩調をあわせて成立してきた近代歴史学全般が、19世紀的知的枠組みの変化のなかで変容を迫られている事態がある。ヨーロッパで生まれた近代歴史学を父とし、中国の伝統経学・考証学を母として展開してきた日本の中国史学は、経済・考証学的研究方法の限界もあって、当然のことながら現状からの脱皮を求められ、多くの研究者が新たな道を模索している。本研究課題は、この事態に三つの計画で対応しようとしたものである。第1は、日本・欧米・中国という、それぞれが異なる学問伝統と研究対象への距離をもつ中国史学の三極が、その相違を自覚しながら討論できる国際学会を実現すること。この計画は、現在多くの研究者の協力を得て進行中である。第2は、近年、とみに活発な欧米の研究状況を、恒常的に独自の仕方で日本の学界に取り入れる環境を整備すること。これは報告書に記したように中断している。第3が、報告者の専攻する分野で注目すべき業績を挙げている英語圏の中国史研究の特質を、その原風景まで溯って検討すること。これについては、アメリカの史料情報の数量的把握を基礎とする研究方法のルーツを探ると、19世紀半ばのイギリス、アメリカの「中国総論」というべき二書にたどり着く。欧米にあって歴史学とはヨーロッパ史であり、中国は旅行記の対象であり、その後、学問的に検討される場合は時間軸が比較的軽視される地域研究として扱かわれたきた。勿論、現行の中国史研究が時間軸を軽視することなどありえないが、文献史料に対する姿勢はやはり日本と異なる場面がある。そこで報告書では、それへの対置を意識した論考を執筆してみたが、率直に言って未だ不十分な段階と認めざるを得ない。全ては、今後に期したいと考える。
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