平成6年度の研究目標は、モスクワ国家における貴族層の研究に関する史料収集とならんで個々の貴族に関するデータ・ベースの作成の第一歩をふみだすことであった。研究代表者はまずパーソナル・コンピュータの購入をはかり、そのための作業を開始したが、最初の設定に多大の労力がかかり、なおかつ設定そのものに再考の必要性が明らかになり、この点ではさらなる検討と努力が要請されている。その間に、ロシアの貴族層の研究の遂行にあたって、西ヨーロッパでいう「身分団体」としての貴族層に、ロシアの場合についても言及できるかの基本的な問題の解決に迫られ、これに関して一定の認識を獲得しない限り、本研究は砂上の楼閣になりかねないことが明らかとなった。その結果本年度の主要な作業はこの点の解明に向けられ、論文「ロシアにおける『身分制』および『封建制』の問題-『近世』ロシアの国制理解のための手がかりとして」(スラヴ研究センター研究報告シリーズ、第55号、1994年12月、1-18頁)として結実した。この研究では、主にドイツとロシアにおけるこれまでの研究を概観しつつ、いたずらに法史的、形式的議論に走ることなく、貴族層のあり方を具体的に史料に即して調査、検討する必要のあることを強調した。他に自由と独自の権利のないことが強調されてきたモスクワ貴族層にとって、16世紀前半までみられたとされる「退去権」、すなわち君主への勤務を自己の意志で離れる「権利」、の意味と実態を考察した論文が近く発表される予定である。(栗生沢猛夫「モスクワ国家における貴族の退去権ないし勤務の自由について」、和田他編『スラヴの歴史』弘文堂近刊)
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