研究概要 |
研究成果報告書においては、まず本研究の目的および特徴を概観したのち、本研究で得られたデータの整理をおこなった。まず、同時期に発展してきたボロ-ニャの都市コム-ネと大学の発展をまとめた。(表1)次に、ボロ-ニャの支配者層の確認のため、Annali bolojnesi (Savioliによる), llistoria bolognese (Ghirarducciによる)を利用して、consoliをはじめとするコム-ネの代表者、司教、大助祭(archidiaconus)を、12〜13世紀についてまとめた。(表2)また、ボロ-ニャの大学を有名たらしめた法学者(ローマ法、教会法、公証術)についてもM. Sarti, S. Mazzetti, J. F. von Sculteなどを用いて、まとめた。(表3)ただし、法学者については、本年度中にまとめきれなかったところもあり、今後もデータ・ベース化に努めていく予定である。なお、とりわけA. Padovaniによってその家の史料集が発刊され、例外的に史料に恵まれた13世紀半ばの法学者Odofredusに関しては、別に史料整理をおこなった。(表4)このOdofredusについては、「法学者オドフレドゥスをめぐるステイタス諸相」(前川和也編『職業とステイタス』ミネルヴァ書房1997年刊)で、通説にみられる法学者像に再考を求めたほか、本年度の研究成果報告書においても、先に論じきれなかった点、とりわけ都市コネ-ムとのかかわり、司法との関わり、Odofredusの社会観、Odofredusの家系のその後などにつてい考察した。その結果として、Odofredusの例によれば、13世紀半ばのボロ-ニャの法学者は、教場同士の競争もあり、教育にそれなりに力を注がねばならず、考えているほど都市政治で活躍していたわけではないし、doctor legumとしてのステイタスもずっと子孫に継承されていったわけではなかったことが明らかになった。
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