1994年度は、西欧中世初期における代表的な商品のうち、塩を重点的にとりあげ、その生産と商品流通に関わる史料文言の集積とデータベース化作業を行った。塩の主要な産地は、厳密にいえば本研究の対象とする地理的枠組をややはみ出したところに所在する。しかし、塩との関わり方はこの地域のあり方のひとつの規定要因となっていること、また、商品生産・流通をめぐる近年の新しい研究動向の中で塩がひとつの重要な論点となっていることを考慮すると、北フランス・ベルギー地方の商品生産のあり方を探る第一歩として、塩の生産・商品化をとりあげることは決して的外れではないと信じる次第である。一部史料刊本が国内に所蔵されていないものがあり、網羅的なデータの集積にはなお若干の時間が必要となるが、北フランス・ベルギー地方に関わる範囲内では、必要な史料の調査はほぼ完了させることができた。 史料の調査・データベース化と並行して、商品生産・流通をとりあげた近年の研究文献の追跡を行い、これらの作業成果をもとに現在個別論文を執筆中で、まもなく脱稿の予定である。そこでは、(1)北フランス・ベルギー地方は、大西洋岸、およびロレ-ヌ地方という2つの塩の産地の流通圏のせめぎあう場所に位置し、それは当該地方の地域構造の規定要因として無視できぬ役割を果たしていること、(2)塩の産地では、多数の教会領主の権利関係の錯綜・併存、都市的現象の早期からの展開など、その産品の特質と深く関わった地域構造が認められること、(3)塩の生産には、生産物の一部の給付を受ける専門的従事者や、自立度の低い従属民、さらには奴隷的非自由人を労働力として用いられ、総じて保有民による賦役労働を生産組織の中核とする古典荘園制とは別のシステムによって生産が行われていたこと、などを論じる予定である。
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